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1907-1960 | 1961-1990 | 1991-現在 | 広告

銀座ヨシノヤの歴史

1907〜1960
11月7日矢代徳次郎、
ヨシノヤ靴店を尾張町2丁目(今の銀座6丁目)に創業


創業者
矢代徳次郎

1932年銀座4丁目交差点

昭和初期
ヨシノヤ靴店 婦人部

ヨシノヤのタップシューズを
履いて踊る松竹歌劇団(SKD)

バレエ靴カタログ
      ヨシノヤ、値引き無しの正札販売を始める

      関東大震災にて銀座本店焼失
同年バラック建てにて再建

      「合資会社ヨシノヤ靴店」に改称。代表に二代目矢代恒太郎就任

      日本で初めて舞踏靴の取り扱いを開始

      ヨシノヤオリジナルのバレエ靴を開発
後に松竹、宝塚、日劇の全てのバレエ靴を一手に引き受ける
バレエ靴 85銭、
  トウシューズ1円50銭、
  タップシューズ3円50銭
  (1933年)

      日本初の婦人・子供靴専門店を別途銀座6丁目に新設
本店は紳士靴専門店となる


      「株式会社ヨシノヤ靴店」に改組(代表取締役 矢代恒太郎)

      東京大空襲により銀座本店消失
※終戦
年末には現在地にバラック建てで店舗を購入


      ヨシノヤ営業再開
軍放出靴や払い下げ軍靴を配給
また、資材の特別配給を受けGHQ慰問団の舞踏靴、舞台靴の製造を開始


      第1回東京都製靴技術競技会の紳士靴、婦人靴、子供靴の各部門で
通産大臣賞を授与される
(この後、各コンクールにて入賞を続ける)


      支店1号店を渋谷に出店

      日本靴連盟会長であった矢代恒太郎の尽力により、
革靴標準サイズが作成される


       
1968年からの銀座ヨシノヤの靴カタログ
「よしの くつと暮らし」 No.1〜6
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